未払い残業代や不当な扱いなど、会社との労働トラブルに直面し、「労働審判を自分で進められないだろうか」と考えている人もいるでしょう。
弁護士に依頼すれば費用がかかるため、できるだけ出費を抑えたいと考えるのは自然なことです。
実際、労働審判は法律上、弁護士を付けずに申し立てることも可能です。
しかし、労働審判は短期間で主張と証拠を整理し、会社側と対等に争う必要があります。
手続きを誤ると、十分な解決金を得られないだけでなく、訴訟へ移行して負担が大きくなるおそれもあるため注意が必要です。
本記事では、「労働審判は自分でできるのか」という疑問に答えたうえで、自分で進める場合のメリット・デメリット、弁護士に相談・依頼する意義、負けた場合のリスクなどを整理して解説します。
後悔のない判断をするための参考として役立ててください。
労働審判は自分で全部できる?弁護士なしでも問題ない?
労働審判を検討する際、多くの人が最初に気になるのが「弁護士を付けずに、自分だけで最後まで対応できるのか」という点です。
ここでは、制度上の可否と、実務上の現実を分けて整理します。
自分だけでは労働審判の手続きができないというルールはない
労働審判は、法律上、弁護士を付けなければならない手続きではありません。
労働者本人が申立人となり、自ら申立書を作成し、期日に出席して主張をおこなうことも可能です。
そのため、「弁護士なしでは申し立てできない」「本人では対応できない」といった決まりは存在しません。
実際に、弁護士を付けずに労働審判を申し立てる労働者も一定数存在します。
労働審判の手続きを自分で全部するのは困難
自分だけで労働審判をおこなうことは制度上は可能であるものの、実務上最初から最後まで自分だけでおこなうことは難しいといえます。
なぜなら、労働審判では、短期間で争点を整理し、法律に基づいた主張と証拠を示すことが求められるからです。
申立書の内容が不十分であったり、重要な証拠を提出できなかったりすると、審理の初期段階で不利な心証を持たれるおそれがあります。
また、期日では裁判官や労働審判員からの質問にその場で対応する必要があり、事前準備が不十分な場合、主張が十分に伝わらない可能性もあります。
このような理由から、労働審判を自分だけで進めた結果、「想定よりも不利な条件で解決してしまった」「もっと早く弁護士に相談すればよかった」と後悔するケースも少なくありません。
労働者が弁護士なしで労働審判を申し立てるケースは少ない
労働審判の実務では、労働者・会社の双方またはいずれかが弁護士を付けているケースが大半を占めます。
弁護士白書2024年版によると、地方裁判所における労働審判事件では、次のような代理人選任状況が報告されています。
| 項目 | 件数(構成比) |
| 双方に弁護士代理人あり | 2,571(79.2%) |
| 申立人のみ弁護士代理人あり | 71(9.9%) |
| 相手方のみ弁護士代理人あり | 274(8.4%) |
| 双方に弁護士代理人なし | 83(2.6%) |
【参照】弁護士白書2024「労働審判事件の代理人選任状況(地裁)」
労働審判の申立ては、実務上、労働者側からおこなわれることがほとんどです。
この点を前提に代理人選任状況を見ると、「相手方のみ弁護士代理人あり」とされている8.4%のケースは、会社側のみが弁護士を付け、労働者側は弁護士を付けていない状況である可能性が高いと考えられます。
つまり、労働者のみが弁護士を付けずに労働審判に臨んでいるケースは、全体の約8.4%程度と推測されます。
裏を返せば、会社側が弁護士を立てているケースでは、9割以上の確率で労働者側も弁護士を立てているということです。
さらに、「双方に弁護士代理人なし」とされている2.6%のケースを含めても、労働者側が弁護士を付けていないケースは全体で約11%程度にとどまります。
言い換えれば、約89%の労働審判事件では、労働者側が弁護士を立てていると想定されるでしょう。
労働審判の手続きを自分でおこなうメリットは費用を節約できる点のみ
労働審判を自分で進めたいと考える理由は、弁護士費用をできるだけ抑えたいという点にあります。
実際、労働審判は弁護士を付けずに申し立てることも可能であり、その場合、裁判所に納める収入印紙代や郵便切手代などの実費のみで手続きを進められます。
請求額が少額である場合や、会社側の違法性が明確で証拠が十分にそろっている場合には、費用面だけを見れば、自分で対応することに合理性があると考える人もいるでしょう。
ただし、労働審判を自分でおこなうメリットは、実質的には費用を節約できる点に限られます。
短期間で主張と証拠を整理し、会社側と対等に争う必要がある労働審判では、弁護士を付けない場合の負担は大きくなります。
労働審判の手続きを自分だけでおこなうデメリット
労働審判は制度上、自分で申し立てることができますが、実務ではさまざまな負担やリスクが生じます。
ここでは、労働審判を自分だけで進めた場合に生じやすい代表的なデメリットを整理します。
申立書作成や証拠収集を自分で全てしなくてはならない
労働審判を弁護士に依頼しない場合、申立書の作成や証拠の収集を全て自分でおこなう必要があります。
申立書には、単なる不満ではなく、どのような権利が侵害されたのか、どの事実を根拠に請求するのかを、法律に沿って整理して記載しなければなりません。
また、未払い残業代や不当解雇などを主張する場合には、タイムカードや雇用契約書、給与明細など、客観的な証拠を提出することが重要です。
必要な証拠が不足していると、主張そのものが十分に検討されないおそれがあります。
短い期間で適切な主張・立証ができず不利な状況に追い込まれる可能性が高まる
労働審判は、原則として3回以内の期日で結論が出る、非常に短期の手続きです。
そのため、限られた期間の中で争点を整理し、説得力のある主張と証拠を示すことが必要です。
弁護士を付けない場合、裁判官や労働審判員からの質問に、その場で適切に対応できないこともあります。
主張が十分に伝わらなければ、実態として不利な判断につながる可能性が高まります。
訴訟に移行してしまう可能性が高まる
審判に対して異議が出されると、手続きは通常の訴訟に移行します。
自分だけで労働審判を進めた結果、主張や立証が不十分となり、審判に納得できず訴訟に進むケースも少なくありません。
訴訟に移行すると、解決までに長期間を要し、時間的・精神的な負担がさらに大きくなる点も大きなデメリットといえます。
労働審判の手続きを弁護士に相談・依頼するメリット
労働審判を検討する際、「弁護士に相談・依頼すると何が変わるのか」は重要な判断材料です。
ここでは、労働審判の手続きを弁護士に任せることで得られる主なメリットを整理します。
労働審判を有利に進めるための戦略を立ててもらえる
弁護士に依頼することで、労働審判においてどの点を重点的に主張すべきか、どの証拠を提出すべきかといった戦略を立ててもらえるのもメリットです。
主張の順序や表現を整えることで、裁判官や労働審判員に事案を理解してもらいやすくなり、結果として有利な解決につながる可能性が高まります。
有効な証拠を集めやすくなる
労働審判では、証拠の有無が判断に大きく影響します。
弁護士に依頼すれば、どの資料が証拠として重要かを整理したうえで、必要に応じて会社側に資料の提出を求める対応も検討してもらえます。
自分では集めにくい証拠についても、適切な手続きを踏まえた対応が期待できる点はメリットです。
訴訟へ移行しても手続きを任せられる
労働審判で解決に至らず、訴訟へ移行した場合でも、弁護士に依頼していれば継続して対応を任せられます。
新たに弁護士を探す必要がなく、一貫した方針で手続きを進められる点は安心材料となります。
精神的な負担を大幅に軽減できる
冷静な判断を保ちやすくなる点も、労働審判を弁護士に相談・依頼する大きなメリットです。
会社と直接対立しながら手続きを進めることは、大きな精神的負担を伴います。
弁護士が代理人として対応することで、期日の対応や交渉を任せられ、精神的な負担を軽減できるでしょう。
労働審判で負けた労働者はどうなる?どんなリスクがある?
労働審判は、必ずしも労働者側が有利な結果を得られるとは限りません。
ここでは、労働審判で労働者が不利な結果となった場合に想定される主なリスクを整理します。
申立てを取り下げ労力やコストが無駄になってしまう可能性がある
労働審判の審理が進む中で、主張や証拠が十分でないと判断された場合、申立てを取り下げざるを得ないケースがあります。
この場合、これまでにかけた準備の時間や労力、収入印紙代や郵便切手代などの費用は回収できません。
結果として、問題が解決しないまま手続きが終了し、精神的な負担だけが残るおそれがあります。
訴訟に移行し負担が大きくなる可能性がある
労働審判で調停が成立せず、審判が下された場合、異議が出されると通常の訴訟に移行します。
訴訟になると、解決までに長期間を要し、期日対応や準備の負担も大きくなります。
労働審判よりも専門性が高くなるため、結果的に弁護士への依頼が必要となり、費用負担が増えるケースも少なくありません。
譲歩に応じざるを得ず十分な解決金を得られない可能性がある
審理の中で労働者側が不利と判断された場合、会社側は強気な姿勢をとることも少なくありません。
その結果、労働者は十分な解決金を得られない条件でも、妥協せざるを得ない状況に追い込まれることがあります。
この場合、本来であれば認められた可能性のある請求内容が、結果として十分に反映されないおそれがあるのです。
会社から訴え返されたり逆に賠償請求を受けたりする可能性がある
原則として、労働審判を申し立てたこと自体を理由に、会社が労働者へ損害賠償を請求することは容易ではありません。
珍しいことではありますが、勤務時の失敗など些細なことを理由に、報復的な損害賠償請求などに踏み切る会社も存在します。
不要なリスクを避けるためにも、主張内容や証拠の整理は慎重におこなう必要があります。
会社を辞めざるを得ない状況になる可能性がある
労働審判を申し立てたことを理由とする解雇は、原則として認められません。
しかし、実務上は会社との関係が悪化し、職場に居づらくなるケースもあります。
その結果、形式上は解雇でなくても、退職を選ばざるを得ない状況に追い込まれるおそれがあります。
会社に居づらくなったりストレスが増したりする可能性もある
労働審判後も在職を続ける場合、職場の人間関係や業務環境に強いストレスを感じることがあります。
労働審判という法的手続きを経たことで、上司や同僚との関係がぎくしゃくし、以前と同じように働くことが難しくなるケースも少なくありません。
また、業務上の指示や評価に対して不信感を抱きやすくなったり、周囲の視線を過度に意識してしまったりすることで、精神的な負担が蓄積するおそれがあります。
このような状態が続くと、仕事への集中力が低下し、体調不良や私生活への悪影響につながる可能性もあります。
労働審判に負けるリスクを軽減するには?
労働審判には一定のリスクが伴いますが、事前の対応次第で不利な結果となる可能性を下げることは可能です。
ここでは、労働審判に負けるリスクをできるだけ軽減するために意識しておきたいポイントを解説します。
なるべく早く労働問題に強い弁護士に相談・依頼する
労働審判におけるリスクを抑えるためには、できるだけ早い段階で弁護士に相談・依頼することが重要です。
初期段階から事実関係や証拠を整理してもらうことで、主張の方向性や見通しを冷静に判断できます。
労働問題に注力する弁護士であれば、労働審判に進むべきか、ほかの解決手段を選択すべきかを含めて、リスクと見込みを丁寧に説明してもらえます。
その結果、無理のある主張を避け、勝てる可能性を高める対応を取りやすくなるでしょう。
対応が遅れるほど証拠の確保が難しくなり、不利な状況に陥るおそれがあるため、問題を抱えた時点で早めに相談することが推奨されます。
いきなり労働審判を提起するのでなく交渉から開始する
労働トラブルの解決方法は、労働審判だけではありません。
まずは会社との話し合いや、交渉による解決を検討することも重要です。
交渉の段階で解決できれば、時間や費用、精神的な負担を抑えられます。
また、交渉が決裂した場合でも、その経過が労働審判における判断材料となることがあります。
弁護士に相談したうえで、交渉から始めるか、労働審判に進むかを判断することで、不要なリスクを避けやすくなるでしょう。
労働審判にかかる弁護士費用の相場は?
労働審判の手続きを弁護士に相談・依頼する場合、法律事務所によって金額や料金体系は異なりますが、一般的には20万円~100万円程度がひとつの目安とされています。
ここでは、労働審判で発生しやすい弁護士費用の内訳と、それぞれの特徴を確認します。
| 費用項目 | 相場 | 概要 |
| 相談料 | 5,000円〜1万円/1時間 | 弁護士に相談する際に発生する費用。初回無料の事務所もあり、費用を抑えたい場合は活用するとよいでしょう。 |
| 着手金 | 10万円〜30万円 | 正式に依頼する際に支払う費用。結果に関係なく返金されない点に注意が必要です。 |
| 成功報酬 | 回収額の15%〜20% | 未払い残業代などを回収できた場合に発生します。たとえば500万円回収できた場合、75万〜100万円程度が目安です。 |
| 実費 | 数万円程度 | 収入印紙代や郵送費などの実費。請求金額によって多少変動しますが、比較的少額で済むケースが一般的です。 |
| 日当 | 1万円〜3万円/日 | 弁護士が事務所外で対応する場合に発生する費用。移動時間や拘束時間に応じて請求されます。 |
労働審判の費用は誰が払う?会社に請求することはできる?
労働審判にかかる弁護士費用や裁判所費用は、原則として各当事者が自己負担します。
労働審判で労働者側の主張が認められた場合でも、弁護士費用を当然に会社へ請求できる制度はありません。
そのため、弁護士費用を回収するためには、解決金の額を交渉で調整するなどの工夫が必要になります。
労働審判の弁護士費用を抑えるには?
労働審判を弁護士に依頼する場合、費用が大きな不安要素となりがちです。
しかし、相談のタイミングや依頼方法を工夫することで、費用負担を抑えながら対応することは可能です。
ここでは、弁護士費用をおさえるために実務上意識したいポイントを整理します。
できるだけ早い段階で弁護士に相談・依頼する
弁護士費用を抑えるためには、問題が深刻化する前に相談することが重要です。
対応が遅れるほど、事実関係の整理や証拠収集に時間を要し、結果として費用が高くなる傾向があります。
早期に相談すれば、争点を絞った効率的な対応が可能となり、不要な手続きを避けやすくなります。
無料相談を有効に活用する
多くの法律事務所では、労働問題について初回無料相談を実施しています。
無料相談を利用すれば、費用をかけずに見通しや対応方針の説明を受けることができるため、活用すると良いでしょう。
複数の事務所に相談すれば、説明のわかりやすさや対応姿勢の違いを比較することも可能です。
複数の事務所で弁護士費用の見積もりを取得して比較する
弁護士費用は、法律事務所ごとに大きく異なります。
着手金の有無、成功報酬の割合、日当の設定など、費用体系を事前に確認することが重要です。
複数の事務所で見積もりを取得し、費用と対応内容を比較することで、納得できる依頼先を選びやすくなります。
分割払いや完全成功報酬型の法律事務所を選ぶのもひとつの手
まとまった費用の支払いが難しい場合、分割払いに対応している法律事務所を選ぶ方法があります。
また、着手金を不要とし、成功報酬のみを支払う完全成功報酬型の事務所を選ぶ選択肢もあります。
ただし、成功報酬の割合が高く設定されていることもあるため、契約条件は慎重に確認するようにしましょう。
経済的に困窮している場合は法テラスの利用も検討する
収入や資産が一定基準以下の場合、法テラスの民事法律扶助制度を利用し、弁護士費用の立替えや無料法律相談を受けられることがあります。
ただし、法テラスの利用には審査を経る必要があり、迅速な対応が求められる場合にはあまり適していません。
法テラスの利用については、以下の記事でも詳しく解説しているので気になる方はあわせて参考にしてください。
【関連記事】法テラスとはどんな機関?無料法律相談や費用立替制度の利用方法なども解説
さいごに|労働問題についてはなるべく早く弁護士に相談を!
労働審判は制度上、自分で申し立てることも可能ですが、実務では短期間で主張と証拠を整理し、会社側と対等に争う必要があります。
統計上も、多くのケースで労働者側が弁護士を立てており、弁護士なしで対応する場合は不利な結果となるおそれがあります。
費用面だけを理由に弁護士への相談を避けるのではなく、早い段階で見通しを確認することが重要です。
労働審判を自分で進めるか悩んでいる場合は、ぜひこの記事の内容を参考に、弁護士への相談を検討してください。
最近では、無料相談や分割払い、法テラスの制度など、費用負担を抑える手段も用意されています。
労働問題を一人で抱え込まず、早めに弁護士へ相談することが、後悔のない解決につながります。
